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疏水百選

Canal 100 selections

全国で110ある「疏水百選」。うち、埼玉県からは3つの疏水が選ばれました。

疏水とは?

疏水とは、潅漑や舟運のために、新たに土地を切り開いて水路を設け、通水させることをいいます。農民たちが二千年にわたって築き上げてきた疏水の総延長は、国内だけで約40万kmという途方もない長さ。実に地球10周分に相当する距離となります。これらの疏水は、古くから集落の共同作業によって維持管理され、食糧生産のみならず、国土や生態系の保全など様々な役割を担ってきました。しかし近年、農村の高齢化や過疎化、食生活の変化にともなう米消費の低下などによって、疏水は大きな曲がり角を迎えています。

疏水百選

広く国民の関心を集め、農地資源の価値を伝えることによって日本の美しく豊かな農村空間を育て、守ることを目的として選定され、埼玉県からは3つの疏水が選ばれています。

見沼代用水(2006年(平成18年)登録)

見沼代用水は、八代将軍徳川吉宗の命により、現在の和歌山県海南市出身の井澤弥惣兵衛為永翁により1728年に開削され、程なく300年を迎える歴史のある農業用水です。
現在、埼玉合口Ⅱ期事業(平成7年完了)により、施設の近代化や高度な水管理システムの導入により農業用水の安定供給を図ると共に、農業用水を合理化して、埼玉県及び東京都の130万人を超える人口分の都市用水を生み出し供給しています。用水路沿いには遊歩道整備や桜の植栽等が行われ、水辺環境と併せ四季を通じ地域の環境資源としても市民に利用されています。
また、令和元年9月には見沼代用水の歴史的・技術的・社会的価値とその役割が今日まで引き継がれていることが高く評価され、埼玉県初の世界かんがい施設遺産に登録されました。

葛西用水(2006年(平成18年)登録)

江戸時代初頭の1660年(万治3年)に江戸幕府が天領開発の一環として、関東郡代の伊奈忠克に開発させた灌漑用水路です。利根川から引いた水で埼玉県東部を潤す農業用水として、その後も新田開発が行われるたびに延長や取水口の遷移を行い、最終的に一貫した用水路として完成するのは1760年代でした。用水路沿いに点在する歴史的な土地改良施設や農業用水、また近在の神社にふれることによりその役割や景観の良さなどを感じることができます。

備前渠用水(2006年(平成18年)登録)

備前渠用水路は利根川から取水し、埼玉県北部の本庄市、深谷市、熊谷市を流れ、利根川右岸約1,400haの水田にかんがい用水を供給する延長約23kmの農業用水路です。1604年に江戸幕府代官頭の伊奈備前守忠次により1年間という短期間で開削された埼玉県で最古級の用水路で、伊奈備前守の官名から「備前堀」の愛称で親しまれています。
用水路の開削から約400年を経過した現在も同じ流路で素掘水路区間が多く残っており、開削当時の面影を今に伝える歴史的にも貴重な用水路となっています。